JIDnews 272

JIDnews は、公益社団法人 日本インテリアデザイナー協会が発行する機関誌です。

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紙の建築家:坂茂建築設計の大分県立美術館と椅子のある風景

北・東日本エリア 石川 尚

僕の郷里、大分市の市街地に新設された大分県立美術館。大分の土壌を表す、「大分らしい」をコンセプトにデザインされた開放的空間に一風変わった素材でできた椅子の風景がある。
今回の熊本・大分大地震は甚大な被害が発生し、復旧・復興にはかなりの時間が要する状態だが、熊本や県中部に比べ、大きな被害は起きていない大分市街地に、2015年4月、大分県立美術館は開館した。

■地元工芸品の意匠を建築に活かした美しい大分県立美術館


青空に映えると白くマットな大分県立美術館


大分の工芸品を詰め込んだ意匠の大分県立美術館



CARTA SERIES(カルタ シリーズ)
(引用:坂茂建築設計 オフィシャルHP)

真っ青な空が似合う箱の建物:
大分県立美術館。木組が印象的な外観も含め、大分の地元工芸品の意匠を建築に活かした美しい美術館。

デザインは、坂 茂建築設計。設計は、坂茂建築設計の坂 茂、平賀信孝、菅井啓太。坂 茂氏といえば、「紙」をつかった建築やプロダクトをライフワークにしている建築家。
紙といっても表層的なものとしてではなく、構造材として紙を活かす真っ向勝負のデザインだ。

坂氏の紙による建築の主素材は、「紙管(しかん)」。
同素材でのプロダクト:CARTA SERIES(カルタ シリーズ)なども手がけている。紙管と合板を素材とする椅子やベンチ、パーテーションなどの一連の家具。
紙管はアルミホイルやラップ、トイレットペーパーなどの芯に使われる身近な素材。大きいモノは土木や建築の現場でコンクリートの型として普通に使われている素材。
面白いもので普段見慣れたモノが全く違う用途になると、「驚き」に変わる。視野が一気に広がるというか、「やられたぁ!」というか、とにかく身体中に「衝撃」が走る。

■アトリウムの中の椅子のある風景


ミュージアムショップのある空間


1階アトリウム空間。左のガラスサッシは、
全体が折戸と化し、大開口となる。


1階アトリウムの椅子のある風景


1階アトリウム奥の椅子のある風景

ここ大分県立美術館でも、建築はもちろん、坂茂建築のアイコンである紙管を使った椅子や家具たちにピントが定まってしまう。
美術館は地上4階地下1階の空間構成となっているが、各空間にこの「紙の家具」が佇んでいるから、うれしくなる。
まずは、エントランスから右はミュージアムショップ、正面には奥に迄広がる1階大空間(アトリウム)。

アトリウムでは、ガラスサッシ全体が折戸となって昇降し、大開口となるのだから、さぞかし心地良い!だろう。イベント開催時等は、外と内がつながる「縁台」のような空間になる。



アトリウム全体に配置されたテーブルと椅子は、カフェと憩いの空間。

ここの椅子は、紙管と合板によるカラフルでかわいらしい椅子。いかにもデザインしました!感ではなく、やさしく馴染んでくる。

アトリウム奥の空間に置いてある椅子は、無垢材の木を単一のL型ユニットを繰り返し使っている。軽量化とジョイント(組立てるための接合)用にあけられた穴が「顔」となっている。

■建築家の視点がみえてくる繊細なディテール


ガラスに映り込む外景色と紙管の壁、
紙管の椅子のある風景


カフェの家具1


カフェの家具2
1階アトリウム奥の椅子のある風景


紙管の曲面が美しい椅子

一階から2階へ進むと低く横に広がる空間を前に、飛びこんでくるガラスのパーテーションと紙管の椅子。

2階にあるカフェ:シャリテで、「例のアイコン」を見つけた。店内は間仕切り、テーブル、椅子などはすべて紙管と合板でできている。

大小の紙管を用いた間仕切り、テーブル、ベンチ、椅子が軽やかに佇んでいる。特に椅子は、ストローのような細い紙管の連続が見事な曲線を描いて、美しい。


紙管の曲面が美しい椅子のディテール


紙管の間仕切りディテール

グッと椅子に寄ってみる。

切りっぱなしの紙管とそれらを支える脚は合板で出来ている。紙管という素材の印象からラフなつくりのように見えるが、ディテールは至って繊細。

椅子の背後にあるガラス越しの間仕切りも寄って見ると整然と並んだ輪切り紙管。ジョントは、ボルトナット。

紙管といい、合板といい、ボルトナットといい、全て工業製品の定番をそのまんまサラリと組上げている……建築家のモノづくりの視点がみえてくる。

■目を奪われる木組の天井と空を切り取る「天庭(あまにわ)」空間


天庭の風景


あまりにも美しい、切り取られた青空

3階の屋外展示空間へ進むと「わ~~ッ!」……思わず声が出る。

「天庭(あまにわ)」と名の屋外展示。中庭的存在の空間だが、なんといってもポっかりと切取られた空と天井を構成する木組みに眼を奪われてしまう。

木組みは、大分特産の竹製品に使用される竹の編み方…調べると「六つ目編み」という基本的な美しい編み方…を引用している。

あまりの美しさに天井と空に見とれながら回遊してしまう。

この美しさと空間感は写真ではとても画面に収まらない……

動画(青空の中、大分県立美術館)で撮ってみた。

壁際にあるベンチに座り切取られた青空を見上げると、一瞬何所にいるのか?……わからなくなる。まるで、「自分のために時間と空間を切取った場所にいる」と、錯覚してしまう。
それは、紙管という身近なモノや見慣れたモノをあらためて見つめ、その使い方や活かし方を切取って魅せてくれる建築家:坂茂氏がつくる空間に居るから、だろうか?

そんな想いに揺られながら、この空間を愉しむひとときは、至福の時。
2015年、JIA日本建築大賞を受賞した大分県立美術館、見慣れたモノだからこそ今迄とは違う景色をみせてくれる空間と紙管の椅子の風景が、此処にある。